midi:あささん
(Kanasimi)


(九)

ここ数日、北風が荒れ狂っていた。津金の山から吹き下ろす風は根雪を巻き上げて細工小舎に吹き込んできた。貞治の日課である水垢離は欠かさなかったが石像の方は手をつけていなかった。源助達の壁塗りは既に終わっていたが壁が凍ると困るというので細工小舎の周りの内壁・外壁には筵が吊してあった。壁養生の筵である。細工小舎の外に出れば近在の山々が直ぐそこに見える。あちこちから煙が細く薄く立ち上がっている。炭焼き小舎である。村人達は正月が来るのでせっせと山仕事に精出していた。住職の桃渓は毎日出歩いているので寺には石工達だけだった。カチカチという音に混ざって石を木賊の束で磨く音と風の音しか聞こえなかった。貞治は脇に師の願王和尚から早飛脚で送られてきた新しい「仏像図彙」「儀軌」を置いて荒削りの石の上に朱点をいれていた。手紙があった。願王はその後の進捗状況はと聞いて寄越し、桃渓も寄進集めに正月過ぎに遠国に出かけるようだと書いてあった。きっと願王師に連絡しておいたのだろう。その中に・・・
・・・定次郎・・・と本名で呼びかけ、
・・・像の流れを固くせず、優美にせよ!・・・とあった。貞治は、
・・・優美、今日までそれを考え続け、大小百体余り造像したが・・・
と更めて送られてきたその本を参考に眺めていた。そして頭の中をかすめたのは、野州足利月谷の行道山浄因寺住職、実門和尚の仏画であった。実門和尚は仏画師として、禅林には名の知られたお人である。流れるような線、一つの点、一つの線にも細心の注意を払い見事に融合調和させた画風である。貞治は地蔵の肩の流れにもう一つの進歩を求めていた。肩の流れはその像の風格を現す。地蔵の温和なお顔と肩の線は一致しなければならないと思っていた。

「ごめん下さいませ」
貞治が荒彫像の肩のあたりを凝視している時、後ろに女の声がした。細工小舎は散らかっていた。頭巾を被り、肩掛け、雪袴(もんぺ)に雪沓姿の妙高が立っていた。手には樒の小枝を持っていた。藤兵衛があわてて散らかっている石片や道具を片付けはじめた。貞治は妙高の訪問が余りに唐突であったので驚いたが直ぐに平静に戻った。
「お寒い中を、よくお出になりました」
と挨拶した。
「もう暮れになります。御本尊様、千手千眼観音様をお詣りに参りました」
と来意を説明した。爽やかな声だった。
「さようでございますが。住職はお留守のようで、寺には私共五人だけです」
「存じております。桃渓和尚様がお出掛けの途中にお寄りになられて、地蔵の格好が出来たようだと仰言いました」
妙高は頭巾を取ってたたみ、袂にしまった。肩が薄く画かれ、唇はほのかに紅が刷いてあった。土塀の向こうで馬の鼻息が聞こえた。
「本堂に参ります」
と皆に会釈しながら言った。細工小舎から外に出て妙高は貞治に背を向けた。

・・・お待ち下さい!・・・危うく声になり掛けたのを貞治は飲み込んだ。そして黙って妙高の後をついていった。貞治の眼は妙高の肩衣の下の線を気にしていた。本堂で本尊・釈迦牟尼仏に礼拝し、合掌し低声で経を読誦している妙高の後姿を貞治はじっと観ていた。本堂の礼拝が終わると観音堂へ登った。急な石段は雪が凍りついていた。貞治と妙高は肩を並べてゆっくりと登った。足元の凍りついた雪が登る度にガサッと音がして妙高の雪沓が雪の中に埋まった。もう直ぐ登り切る手前で妙高が足を滑らせた。貞治は足を踏ん張って妙高を抱きとめた。この石段から落ちれば大怪我をするか、命を落とす。貞治も妙高も必死で支え合った。二人の足元が定まり観音堂の境内に登りつめた。観音堂の扉は固く閉まっている。妙高も貞治も敬けんな祈りを秘仏に向かって捧げた。

帰り道はいったん海岸寺峠の東側に出て裏参道を戻ることにした。北風は強かったが南面する津金山の中腹は割合とおだやかで時々突風が山々を吹きつけてくる位いだった。それでも日影に吹き溜まりがある。雪の深い吹き溜まりで妙高は何回も足を取られた。その度に貞治の太い腕と節くれ立ち、がさがさした厚い木の皮のようは手で妙高は支えられ、ゆっくりと峠道から裏参道の方にまわった。妙高と貞治は知らぬ間に手を取り合って無言のまま裏参道に出た。平坦な道に出た時、貞治が手を離そうとすると妙高はかえって強く握りしめた。その時、眼が合った。妙高は貞治の茶色がかったその眼をみて、濁りのない邪心を持たぬ澄んだ美しい眼だと思った。貞治は斜めに歩きながら妙高が雪で足を取られないように気を配りながら、妙高のうなじ、首筋、肩の柔らかい円い線を見るともなしに見ていた。裏参道から細工小舎までは直ぐである。海岸寺は土塀に囲まれていた。裏門から境内に入る時、妙高は手を離した。
「貞治さまがご一緒してくれましたので転ばずに済みました。雪道に慣れている心算でも女はだめなものですね」
と微笑みながら礼をいった。貞治のごつごつした腕と手の温かみを消すまいと思ったのか右手を左手で被っていた。細工小舎では相変わらずノミの音は絶えていなかった。藤兵衛は妙高の声を聞きつけて立って待っていた。
「おかえりなさい」
「棟梁を留守させてしまって申し訳ありませんでした」
妙高は四人の石工達に頭を下げた。
「それから勝手なお願いですが、今夕、皆様に私の家まで雪道で大変でしょうが来ていただけるお暇がございますでしょうか。粗飯でも差し上げようと思いまして」
と付け加えた。貞治は無言だった。若い二人が頬をほころばせた。すると藤兵衛がたしなめるように、眼くばせした。
「棟梁、私共は失礼させて戴きます。折角ですが、棟梁だけでお出になったら」
と言った。貞治は迷った。が直ぐに、
「折角だからお邪魔させていただきます」
と返事をした。妙高は頭巾を懐から出し被った。
「皆さま、ごめんなさいませ」
と言ってアカの背にまたがり帰っていった。藤兵衛は妙高が帰った後、貞治に、
「棟梁、若い二人に聞きましたところ、棟梁が仕事に差し支えないと言って下さるのなら帰らせて貰いたいと言っています」
と伝えた。
「正月になる。わしも家に届け物をして貰いたいから二人は帰そう。役所の方にも届けを出さねばならない。藤兵衛達も届書を書いておくんだな。請人に迷惑がかかってはならぬ」
と貞治は国許に気を使っていた。高遠藩では年が明ければ出稼ぎ人の調べと宗門調べがある。貞治の請人に迷惑をかけたくなかった。貞治程の名工でも届出をしなければ厳罰に処せられるか運上金が高く課せられる位、高遠藩は厳しかった。藩財政が苦しいが故の措置であった。だが旅稼ぎは届出を出し、相応の租税を納めておれば自由であり、藩としても奨励していた。音兵衛(和一)と善左衛門(勝助)は三日後に高遠に帰ることになった。

(十)

矢立と白紙数枚をふところにして貞治は夕刻に海岸寺を後に下津金村の庄左衛門宅に向かった。千本杉の参道を抜けると道は人や馬の歩いた所だけは赤い土が顔を出して雪は両側に積もっていた。所々ぬかっていたり、水たまりがあった。ぬかるみを避けながら約半刻ほどで庄左衛門の家に着いた。雪沓は履いてきたが皮足袋までぐっしょり濡れていた。案内を乞うと潜り戸が開けられた。土間の右側に厩があってアカが鼻を鳴らした。
「良くおいで下さいました。洗足水をお持ちします」
と庄左衛門が出てきた。洗足桶に湯が汲まれてきた。湯の中に足を入れると指先が痛かった。新しい雑巾が桶に掛けてあった。奥座敷に通された。十畳の部屋は大火鉢が置いてあり炭火がアカアカと燃え、行燈も二脚部屋の中を太いローソクで明るく照らし出していた。床の間には山水画の掛け軸が飾り、木彫の置物があった。一通りの挨拶が済むと、庄左衛門は、
「おたいらに、おたいらに」
と座布団をすすめ、脇火鉢を持ってきた。妙高が膳を運んできた。膳の上には料理が並んでいた。二の膳が運ばれ酒をすすめられた。酒が入ると座は打ち解けてくるが貞治は庄左衛門と妙高の話の聞き役だった。庄左衛門は立ち上がると床の間の置物を大事そうに持ってきた。
「これは、観音堂を彫刻なさった富昌様が彫って下さったものです」
と貞治に手渡した。見事な鹿の丸彫りである。雄鹿が頭を振り上げていた。手に取るのが恐ろしいくらい精巧であった。四股は細いが強靱な筋肉が今しも躍動するかの如く彫ってある。
角も小枝を使ってあった。貞治は立川和四郎富昌に逢ってみたい衝動に駆られた。同じ信州人であり、諏訪には温泉寺がある。
「私の技、この方にはとても及びませぬ。お見事な出来栄えでございます」
と貞治は鹿の木彫りをじっと見つめた。
「貞治さまは貞治さま、富昌さまは富昌さまです。石と木の違いはあっても心の技は同じでございましょう」
と妙高がさり気なく言った。貞治は妙高の声が耳に届かないのか、木彫りに気を取られていた。一瞬、座に風が通り抜けた。

「私、大変失礼なことを申し上げてしまいました」
「いいえ、驚いているだけです」
庄左衛門は、「技を知るものはその心底まで分かる」と貞治の表情から庄左衛門なりの解釈をしていた。富昌の雄鹿は庄左衛門の手に返された。貞治は膳の上の山女魚に箸をつけた。そして何かを考えている様子だったが、急に改まって座布団からすべり下りると、
「妙高さま、お願いがございます」
と硬ばった顔をして手をついた。庄左衛門は貞治の表情から只ならぬものを感じた。妙高は貞治の真摯さに心を打たれた。
「はい、私の出来ることでしたら」
と受け入れた。貞治の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「申し上げ難いのですが・・・」
「と言葉を切り、唾を飲み込んだ。
「妙高さま、素肌のお身体、薄い衣をお召しになっても結構です。私に見せて戴けないでしょうか?」
妙高の顔が蒼ざめた。が次の瞬間、顔が火のように熱くなるのを感じた。
「えっ!私の身体、この貧相な・・・」
「貧相とはもったいない。実は願王師よりの手紙の中で、私の石仏は「流れが固い」と言われました。失礼ですが、私の流れの固さを解く線を妙高さまの肩の辺りに見つけたのでございます」
庄左衛門が大きく息をした。貞治の余りの激しさに圧倒されたのだ。そして富昌に雄鹿の木彫を頼んだ時、ふらりと山の中に入り込んで何日も帰ってこなかった富昌を思い出した。あの時、富昌は髪ぼうぼうになって眼だけぎょろぎょろして帰ってきた。そして一気に彫り上げた。その時の富昌の気合いというか凄まじさが、今夜の貞治に感じられた。そして妙高に、
「妙高、貞治どのがこれだけおっしゃるのはよくよくのことと思うがの」
と庄左衛門が言った。妙高は決心していた。
「はい」
妙高は席を立った。貞治は妙高の後姿に眼をやった。夕餉の膳の料理は余り手がつけられていなかった。貞治は今までに心に画き続けてきた願いが妙高によって叶えられると知った時、遠い時の果てから得体の知れぬものがどっと押し寄せ、襲ってくる恐怖に似たものを感じた。・・・ただ彫るだけでは駄目なのだ。釈迦も人の子だった。人々を救う教えを悟まで苦行した。このわしも五十路の坂を登りはじめた。今までは彫ること美しいことだけに眼を向けていた。像を彫ることが人を救うと思い上がってはならぬ、自分が救われることで人も救える。石彫も依頼された像をただ彫るだけでなく、多くの信仰者の願いを像に具現する技と心を持つことが自らをも救われる。・・・繰り返し反復していた。

「旦那さま、妙高さまが支度ができたと申しております」
と手伝いの若い女子が障子越しに声を掛けた。妙高の部屋は母屋の西側に廊下を隔ててある。茶室風の部屋で仏壇がしつらえてあり、八畳間だった。部屋に入るとお香が焚き込まれこざっぱりしていた。仏壇には釈迦三尊、地蔵菩薩が祀られ、位牌が二基仏像の前にあった。床の間を背に貞治は席をすすめられた。庄左衛門は遠慮して来なかった。貞治と妙高は向き合っていた。
「貞治さま、私、おっしゃる通りにします。お役に立てば嬉しゅうございます」
「そのままで結構です」
妙高は絹の薄着一枚だけだった。胸には晒木綿が巻き付けてあった。胸のふくらみは豊かだった。正座をしているが腰のくびれから臀部にかけて肉感をそそった。貞治は矢立から筆を出し、紙を拡げ筆写した。描いているのは首から肩の線だけだった。妙高は座を崩した。着物の裾が乱れ白くふくらんだ股の内側が見えた。貞治は筆を止めた。妙高は乱れた裾を直さず、眼は貞治を見つめた。貞治は視線を感ずると紙から眼を離し妙高に眼を向けた。妙高の眼の輝きの中に妖しい光、沸騰する熱気がこもっている。女体の奥底から湧き上がる香りが貞治に達した。
「妙高さま、お寒くありませんか?」
妙高は、はっと我に返ったようだった。
「いいえ」
「お願いがございます。厚い布団を積み上げ、右足を横たえ、左足は垂れて地を踏むお姿になって戴きたいのですが・・・」
左手に宝珠を持ち、右手に錫杖を持つ延命地蔵の形となる。妙高は貞治の言う通りに布団を積み上げ貞治の言った姿になった。着ている薄着の前がはだけた。腰布が深奥を被いかくしたが、両の内股は白く浮き出て、行燈の光の影が白い肌に時々ゆれた。貞治は筆を取り上げ、墨壺から筆にたっぷりと墨をしみ込ませ紙に妙高の姿を写し取っている。首筋から肩、腕から指先、眼から腹部に移った時、妙高の下腹が身体に似合わず膨満しているのに気づいた。腰そして横たえた右足と垂れ踏みの右足、一枚の紙に写し取った。妙高は貞治が筆を運んでいる間みじんも動くことなく眼は心持ち伏眼にして貞治の肩の線を見つめていた。ローソクの火が揺れ動く度に貞治の影がゆっくり動いた。

「ありがとうございました」
妙高はそのまま貞治に寄り添いたい思いに衝られた。
・・・・・このまま、このまま・・・・・
と心と身体は燃え上がり、身体中の血が沸き立って寒さも忘れていた。妙高は婚家先から実家に戻り、有髪尼となって仏門に帰依した。朝夕、仏に仕え家の手伝いをして生きてきた。貞治に初めて逢った時からの心の波立ちは幾年来忘れ去っていた波立ちであった。生涯女心の波立ちと激しく揺れ動く女の性はないと思いこんでいたが、あの日以来変わってしまった自身を恥ずかしく思いながら海岸寺の方を見つめ、貞治の許に飛び込んでゆきたい、せめて後姿でもよい、逢いたいと願っている自分自身を知っていた。しかしその心を冷たく制止している自省と自覚は仏門に帰依していることだった。だがこうして貞治と一緒にいるだけで抑える力はがらがらと音を立てて落ちそになっているのを妙高は必死にこらえていた。メラメラと燃え上がる妖しい女心と仏に仕える清浄無垢な尼僧の心がきしみ合った。紙をさらさらと巻く音がした。北風が雨戸を打ち屋根がみしっと音を立てた。尼僧の心が崩れた。

・・・・・このままここで・・・・・
妙高はこらえ切れなくなり絶叫したかった。貞治との隔たりは畳一枚ほどある。六尺の距離が遠くに感じた。夜空恒に変わらぬ光を放つ星のように遠かった。貞治は妙高の心の内を知らぬ気に立ち上がって衣桁に掛けてある着物を妙高の肩に掛けた。肩に掛けられた着物の絹の重みと冷たさが妙高を現実に引き戻した。ありがとうございました。貞治は礼を言い障子を開けて妙高の部屋を辞した。

貞治はアカの背中に揺られて海岸寺参道を登っていった。千本杉の間を縫って上り坂である。妙高の筆写が終わり間もなく庄左衛門の家を後にした。妙高が帰り道が危なく寒くて大変だろうと源助に言いつけてアカに鞍を着け貞治に貸してくれた。
「お寺で放せばアカは独りで帰ってきますからご心配なく」
と妙高は言ってくれたが、貞治は明日誰かに曳いて帰って貰おうと思っていた。アカの背で貞治は妙高の薄衣の姿を思い起していた。しっかりと筆写した心算だが記憶に残しておく方が確かだと信じていた。描いた姿絵と、生々しい妖しい妙高の姿態が貞治の頭の中を駆けめぐった。筆写中誘いかけてくる妙高の眼と女臭は男の心を激しく揺さぶり、抑えきれない欲望の炎が燃え上がったがその炎を消し止めたのは実門和尚の画いた観音菩薩像であった。
貞治は自己の中にある「男」と闘った疲れが海岸寺の裏参道に入る手前からどっと襲ってアカの背でウトウトしてしまった。アカが両足を揃えて止まった。首を振った。貞治はアカが首を振り手綱がのび身体が前に引っ張られて目が覚めた。裏通用門の車馬止の石柱の所だった。鞍から下りて寺の厩舎にアカをつないだ。翌朝、朝のお勤めの後、貞治は観音堂に登った。立川和四郎富昌の彫刻は朝陽に凛と輝いている。栗の実が一つ一つ輝いている。庄左衛門の床の間にあった木彫雄鹿の首筋の毛一本一本を思い起した。昨夜の妙高の激しい求愛は貞治にとっては嬉しくもあり、反面当惑もしたが妙高を抱き締める喜びと、人々の汚れのない信仰と尊崇の的である延命地蔵尊を石に彫り込む歓喜と、何れが人生の愉楽であり生き甲斐であるか昨夜を思い起こしながら朝陽に輝いている富昌の木彫を見るともなく見ていたが、妙高の透明な汚れのない愛の姿を延命地蔵菩薩に遷し替え、妙高の心の中にあるひたむきな求道心を地蔵の心として彫り込むことが最善であると気づいた。そして「不惑の年」での迷いのあった己自身に恥じたが反面、創作意欲は溢れるように湧き出た。
観音堂前での秘仏の千手洗眼観音に祈りを捧げ細工小舎に戻った貞治は迷いから解き放たれた安堵感と自信がもって荒削りの地蔵の前に坐った。香を焚き長い間沈黙していた。貞治の祈りが終わってしばらくすると、籐兵衛が、
「棟梁、明後日に音兵衛と善左衛門w高遠に帰します。二人は今日で仕事を仕舞い、明日、韮崎宿に土産を買いに行きたいと申しておりますが」
と若い二人に代わって許しを求めた。音兵衛と善左衛門は頭を下げた。貞治は、
「よかろう」
と返事をした。その日の夕刻、音兵衛と善左衛門が後片付けをしていた。貞治に呼ばれたので行ってみると、
「韮崎に土産を買いに明日行くのだな」
と二人に紙袋を渡した。表には「路銀並稼料」と書かれてあった。韮崎宿には海産物問屋があり、辺見筋・武川筋に海産物を供給していた。時には甲府の方にも問屋筋を通じての出入りもあった。高遠では海産物を手に入れるのに伊那まで出なければならない。昆布・塩魚は故郷の塩供の人達には喜ばれる。
「放蕩するなよ」
若い石工が旅稼に行き、唐瘡(梅毒)に罹り幾人も廃人同様になってしまったことを貞治は知っている。
「若いもんは羽目を外すから」
かたわらで籐兵衛が言うと与左衛門が笑った細工小舎は笑いの渦で埋まった。若い二人は照れくさそうに首を縮めていた。年の暮れともなると世間が慌ただしくなる。寺にも檀家の人達が訪れて来る。住職の桃渓和尚も忙しかったが貞治達も気忙しかった。寺を訪れた人達が石彫の仕事を見に寄るからである。中には長々と話をしていく旦那がいる。その人達にも貞治は失礼のないように対応した。

(十一)

年も明け(旧暦)春の兆しが野山に萌え出してきた。山峡の陽だまりに一本ある櫻の木の幹が少しづつ赤みを帯びたっぷりと土に染み込んだ雪解け水を根から吸い上げはじめた。
貞治、籐兵衛、与左衛門は暮れの大晦日まで仕事に励んでいた。大晦日の除夜の鐘が桃渓和尚によって打ち鳴らされた。海岸寺の境内のかがり火がともされ、伽藍は幻想的に浮かび上がった。寒くても檀家の人々は初詣にやってくる。遅れてくる人は氏神様にお詣りをしてから寺にやってくる。暁方まで寺は賑わっていた。仕事は正月三日間は休みにした。籐兵衛と与左衛門は連れ立って府中(甲府)に出かけた。正月休みといっても貞治は彫刻の手を休めただけで経文を読み、思索の時を過ごした。妙高の薄衣姿の筆写を取り出し一刻以上も見ている時もあった。三日の夕刻、籐兵衛と与左衛門が府中から帰り、七草粥の日に信州から若い音兵衛と善左衛門が元気に寺に帰ってきた。海岸寺に信州高遠の石工五人が勢揃いした。翌日から細工小舎には石を刻む音が絶え間なく聞こえ、貞治は地蔵像本体、籐兵衛は蓮台、与左衛門は基壇と道具の手入れ、若い音右衛と善左衛門は百体観世音菩薩の基壇の形を造っていた。百体観世音造像の石の一部は村人達の手伝いで石切場から細工小舎の前まで凍った道を馬ぞりで運ばれてあった。
貞治は懸命にノミを振るっていた。全神経をノミの先に注ぎ、細かく石を削り取る。削り取る度に指先で撫で、削り具合を調べる。神経の磨り減る仕事である。荒削りから形を整え極微の細工の取り掛かる前の彫りだが、眼と指先は痛めてはならない。肩の線の流れは妙高の姿態と従来の貞治の感覚を融合させた線になっていた。宝珠を持つ左手の指先は見事な自然体であり、眉から鼻への曲線は一分の乱れもなく相似であった。
籐兵衛と与左衛門は手を休めて貞治の細工を凝視した。今までの貞治の細工と微妙に違っている。石の頑固さと冷たさを線と円みで温和に変えてしまっている。しかし、重厚な威厳は失われていない。横にまわって見た。岩に腰掛ける姿は人間そのものだった。心持ち背を丸め、首を前に傾けている。地蔵が六道の世界を円頂黒衣の僧形で衆生の救済に歩く途中、岩に腰掛け一休みしている形でもあり、錫杖を身体に立てかけ岩に腰掛け衆生に仏の教えを語りかけている姿である。光背は荒削りのままだった。しきりと肩から背にかけて貞治は撫でていた。貞治の顔が籐兵衛と与左衛門の方に向いた。余程、魂を磨り減らしたのか頬がこけているが、眼はやさしく自信を持っていた。
「籐兵衛、この辺の石は良い石だな。刻んでいて気持ちが良い。石の目もつんでいる。百体観音も良い細工が出来そうだが。」
「棟梁、すごい出来栄えになりますね」
「ウン、石が良いからだろう。磨いてみねば分からんがな。」
彫りはまだ六分通りであったが線の美しさは磨けばより鮮明になる。最後の磨き出しをするまで決して息を抜くことは出来ない。
・・・・これからが細心の注意を払う時だ。妙高さま必ずお気に召す像が仕上がります。・・・・
貞治は心の中で妙高に話しかけた。そしていつか知らぬ間に妙高の姿が己の心の中にしっかりと刻み込まれていたことに気付いた。今は晴々とした気持ちで妙高の名をつぶやける貞治自信の大きな心の変革があった。妙高への思慕の念が自らの業を低迷から飛翔へと変え大きな力になったと自覚した。妙高との出逢いから姿態の筆写、心のうつろいの中で男の淫らさを微塵も持つまいと努力したが、時には男を丸出しにして妙高を求めようと思い、また思い返して「不惑の年」と言われる年齢になってもと、何回自らを愧じた日々が遠い過去になっていた。早朝の水垢雛どり、寒中の水は冷たかった。井戸から汲み上げた水を桶で肩から掛ける。身体から湯気が立つ。水を掛けながら誦唱する。「般若心経」手桶の水を何回も右の肩から肩から左の肩から掛ける。誦唱は声となり腹の底から出す。妙高の姿が眼の前に浮かび上がる時は声は腹の底から出なかった。声が出ず、思念が入り乱れ、いわば、「清と濁」が交互に心の中で渦巻き、邪念妄想、諸悪趣が地獄鬼によってもたれされて妙高の姿を追い求めようとする一念に燃えた時、貞治は必死で何かに掴まって邪念を振りほどこうとし た。邪念が燃え上がる、水をかぶる、濛々たる湯気が身体から立ち上がり霧のようになる。霧の向こうで祈る貞治の姿には鬼々迫るものがあった。それが何時しか肩の怒りも取れ、自然の姿に立ち戻った時、立ち上がる湯気はそのまま天空に消え去り、ひたすら祈る姿となった。ノミの響きはその頃から一定してきた。情念から解き放された貞治の業は冴えた。そして快い響きとなり、ここぞと言う時に躍動する。高く低く響く音は、律動となり楽の音となって聞く人の耳に伝わった。貞治の無垢清浄が妙高の菩提心と重なりあって自ずと合体した。それが貞治をして
・・・・・妙高さま・・・・・と言わしめたのである。貞治のノミさばきは日を増して鮮やかに冴え、六分の仕上がりから七分へと進む度に盤石のような慈悲の心を持つ地蔵の姿が出現されようとしていた。

(十二)につづく


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