midi:あささん(omoi)

特別法話・人を幸せにしたい

臨済宗妙心寺派 護国寺 杉田寛仁住職

NO
題  名
住  職
01
岡山県・妙心寺派・久昌寺住職 豊岳明秀師
02
長崎県・妙心寺派・福正寺住職 森哲外師
03
長崎県・妙心寺派・是心寺住職 辻 宗哲師
04
愛媛県・東福寺派・西禅寺住職 白石一玄
05
三重県・東福寺派・龍光寺住職 衣斐弘行
06
滋賀県・多田幸寺住職 中島義観
07
滋賀県・多田幸寺住職 中島義観
08
宝泰寺住職 藤原東演
09
静岡県・菜流寺先住職・羽鳥禅舎舎主 梅原諦愚
10
福岡県・黄檗宗・通玄寺住職 伊藤文教
11
東京都・南禅寺派・興慶寺住職 蓮沼良直
12
北海道・南禅寺派・報国寺住職 後藤祖園
 

(01)「いただきますとごちそうさま」
( 岡山県・久昌寺住職 豊岳明秀師)

 お釈迦さまがまだ七・八才の童子で シッタールタ太子と呼ばれていたころのことです。春先で田植えに入る前 お父上の浄飯王が耕作の祭りを開き 大勢の家来とともに太子も引き連れて 黄金の鋤を使うきらびやかな式典を行われていました。農夫が手綱を引き    牛がその立派な鋤で ぐさりと深く土をすき返しますと 虫がわらわらとでてきました。それを見つけた鳥が空から争って飛び降りてきて すばやくくちばしにくわえたかと見る間にさっと飛び去っていきました。それをご覧になりました太子は「まあかわいそうに 生き物はすべて互いに殺しあわねばならぬのか」と深い悲しみに沈まれて その場に居たたまれず 人々の所から去って 木陰に坐り一人静かに物思いにふけられました。

 そうなのです。私たち生き物が生きていくためには どうしても他の生き物と殺しあわなければなりません。悲しいけれども これが自然の摂理なのですからどう変えようもありません。枯れたもの 腐ったものは のどを通りません。私たちは かけがえのない尊いいのちの持ち主である 他の生き物に犠牲になってもらう外には方法がないのです。

 鳥獣魚類が生物であることは一目でわかります。うっかりして気がつかない物でも 食品である限り全部生き物です。お米も野菜もみな生き物で 例えば大根の場合 種子が芽を出して次第に太って 花が咲いて実ができて それが種子になって子孫に継ぐという 誠に堂々として立派な生き物そのものです。

 今までは知らず知らずのうちに 食べる方の立場になっていました。食べられる視点から考え直しますと大変です。かりに熊に襲われるとします。子供のころ寝たふりをすれば見逃してくれる と読んだか聞いたかした記憶がありますが とっさの場合そんなことができるでしょうか。きっと殺されてしまいます。何というむごたらしさでありましょうか。ですからせめて食前食後の短時間でも 合掌し祈りをこめて「いただきます」と唱え また合掌し感謝をこめて「ごちそうさまでした」とお唱えしようではありませんか。ちなみに ちそうの漢字は馳走で この食事のために忙しく駆け廻っていただいて有難うございましたという気持ちをあらわしてます。

出典:妙心寺派宗務本所HP法話集


(02)「雨の日は雨を楽しむ」
(長崎県・福正寺住職 森哲外師)

 禅は「とらわれずに生きる」という教えです。私達は、物事にとらわれるから 悩み苦しみが生じるのです。梅雨期は毎日毎日雨が降ります。「今日も又雨か あー嫌だ嫌だ」と。心が雨にとらわれると 雨は嫌なものになってしまいます。

 雨そのものには 善悪はありません。受けるこちらの心一つで 善にも悪にもなります。久しぶりの雨ならば「あーいい雨だ」と善となり 三日も降り続きますと嫌な雨となるのです。

 どうせ逃れられない雨ならば その中に自分を投げ入れて 雨と一つになって暮らすことです。すると「久し振りにゆっくり本を読むことが出来た。お陰で棚の整理をすることが出来た」と 受け取ることができるでしょう。ある檀家の部屋の額に 次の言葉が掲げられています。

●雨の日は雨を楽しみ 晴れの日は晴れをたのしむ 

●楽しみある所に楽しみ 楽しみなき所にも楽しむ

 私達は どうかすると晴れは好き 雨は嫌だといい 春や秋はよくて 夏や冬は嫌だといいます。それは暑さや寒さに心がとらわれるから 夏や冬は悪時節となるのです。春や秋は 暑くも寒くもありません。少しも心がとらわれませんから 誰にでも好まれるのです。

 臨済宗の宗祖、臨済禅師の言葉に「我に嫌う底の法勿し」とあります。「私には嫌うものは何もない。雨の日もよければ 晴れの日もよい。健康もよければ 病気もよい。若い時代もよければ 老年は老年でよい」と 臨済禅師には少しもとらわれがありません。とらわれずに生きるとは「無」になって生きるということです。精神的に一度「私」をなくすことが必要です。わたしがなくなりますと 相手と一つになって生きることが出来るのです。雨の日は雨と一つになって 雨に適した生き方ができるということです。

 人生は、楽しいことばかりではありません。苦しいことの方が多いのがこの世の中です。この世の中のことを「娑婆」といいまが 訳は「忍土・忍辱」といって耐え忍ぶ世界という意味です。

思い通りにならない世の中・苦楽のある生活を「苦楽共に楽」と 受け取る生き方が大切です。苦楽の現実そのまま受け入れる方が 案外ストレスは小さくてすみます。物事にとらわれず 一日一日を一生懸命にいきることが禅の生き方です。

出典:妙心寺派宗務本所HP法話集


(03)「生き抜く力」
(長崎県・是心寺住職 辻 宗哲師)

見ずや君 明日は散りなん 花だにも 力の限り 一と時を咲く     (九條武子)

 花といえば桜の花のことですが 桜の花は 三日見ぬ間の桜花といってまことに儚く散ってゆきます。でも花は散るから美しい。もし花が散ることもなく一年中咲いていたら 花に寄せる特別な思いは生まれないでしょう。

 花は黙って咲き 黙って散ってゆく。咲いたからといってきれいだからさあ見て下さいとは求めません。見てくれようが くれまいが ほめられようが くさされようが 花はただ天地一杯に咲くだけです。散る時もまたなんの執着もなく散ってゆく。

 その時その時を力の限り咲きそして散ってゆく。そこに永遠に変わらぬ自在なる花の生命があり その美しさや 優しさや輝きに私達は深い感動を覚えるのです。

 生きとし生きるものには必ず終末が訪れますが 人間もまた限りある生命です。故に生命は何よりも尊いのです。何ものにもかけがえのない大事な生命であるからこそ今日無事に生きていることの有難さを感謝せずにはいられないのです。

 お釈迦様は例え百歳のいのちを得るとも この無上の法に遇ふことなくんば この無上の法に遇ひし人の一日生きるにも及ばざるなりと教えています。私達が生きてゆく日々には楽しいこと 嬉しいことばかりではありません。笑うに笑えない 泣くに泣けないと云う辛さや苦しみの中にも生きなければなりません。しかしそこを力強く生き抜くことに人間の素晴らしさがあります。

孔子様も朝に道を聞けば夕べに死すとも可なりといっています。正しい教えに導かれて真実生きる道がしっかり自覚出来たら今夜死んでも満足だということですが 正法を聴くご縁にも遇わず 生きる感激も味わずに死んでしまったら折角人間に生まれて来た甲斐もなくいくら長生きしても恥のみ多しということになります。

 道元禅師のお言葉に泥多ければ多いほど立派な仏様になれる 即ち真実の幸せな人間になれるということです。幾多の苦難を乗り越える力は本来自分自身の中にあるのです。蓮の花が深い泥中にあって傷つきもせず 汚れもせず 美しい花を芳しい香りを放つように私達も清々しく悔いのない生涯を全うすべく前向きに生きたいものです。

出典:妙心寺派宗務本所HP法話集


(04)「いとおしい自分 それは愛」
(愛媛県・東福寺派・西禅寺住職 白石 一玄)

●まず自分を好きになって下さい。愛して下さい。
●自分を好きになれないような人間が 人を愛せるわけがありません。

 ある国の王様とお后がお釈迦様に尋ねました。「私達は最近この世の中で一番かわいい 一番大切なものは自分自身だという考えを持ち始めています。しかし いつもの教えによりますと『他を愛するように!』と伺っていますので 自分をかわいいというのは間違いではありませんか?」

 お釈迦様は諄々としてお説きになられました。「他を愛する!それは奇麗事ではないんだ。まず他を愛する前に 自分が一番かわいい存在だという事を確認する必要があるんだ。そこに気づいていないと奇麗事になってしまう。あなた方が 自分が一番かわいいということがわかったら、他の人もみな自分がかわいいってことがよくわかってくる。そうすると他を傷つけるという事は出来なくなるだろう。他を害する事は出来なくなるだろう。」

 お釈迦様の「他を愛する」は 単に他の人の為に役立ってあげたいというボランティアではなく 「傷つけられない 害することができない。」という奥深いものなのです。それをできる人が自分を大切にする人なのです。そして そういう心遣いこそ私たちがこれから最も必要とし 最も大切にしていかねばならぬものであり 見せかけの自分ではなく 本当の自分を作り出す道なのです。

自分を愛おしく 他の人も愛おしく!

出典:白石 一玄・書き下ろし


(05)「心の時代」
( 三重県・東福寺派・龍光寺住職 衣斐弘行)

 「花さき山」という故斉藤隆介さんの名作があります。この物語は、あやという少女が祭りの山菜をとりに山に入り道に迷ってしまい そこで山姥と出合います。そこには少女の足元一面にいままであやが見たこともない美しい花が咲き乱れていました。そこで 山姥は少女にどうしてこの花がこんなにきれいに咲くのかを語って聞かせました。

 この花はふもとの村の人間がやさしいことを一つすると一輪の花が咲くのだという。あやの足元に咲いている花はきのうあやが咲かせた花だ。きのう 妹が祭りの着物を買ってくれと母親をこまらせたとき あやは家が貧乏で二人に祭り着を買ってもらえないから妹に買ってやってくれ といってじっと辛抱した。あやが切ない思いで辛抱したことで母親はどんなにか助かったか。妹はどんなにか喜んだことか。しかし このあやの咲かせた赤い花はどんな祭りの晴れ着よりもきれいだった。

 山姥はこのようにこちらの花、あちらの花と、花を咲かせた子供たちの心情を少女に語った。そして、それは花ばかりでなく あの山だってそうなのだといいます。少女は山姥からそんな不思議な話を聞いて 山から帰ってくると 家のものに山姥から聞いた話をしますが誰も信じてくれません。そこで少女はもう一度山へ行ってみるが もう山姥にも あの美しい花花も見ることができなかった。けれども 少女は その後 じっと独り辛抱したり やさしいことをしたとき 「あっ 今 おらの花が咲いているな」と 思うことがあった。

 斉藤さんはこの話の中に 仏教の大切な教えの一つである 六波羅蜜「ろくはらみつ」の教えを織り成しています。つまり
 1) 布施[ふせ]   足らないところを与えましょう。
 2) 持戒[じかい]  社会のきまりを守りましょう。
 3) 忍辱[にんにく] 欲張らず辛抱しましょう。
 4) 精進[しょうじん]清く励んで生活していきましょう。
 5) 禅定[ぜんじょう]たえず気持ちを落着けましょう。
 6) 知恵[ちえ]   仏心の種を蒔きましょう。
の教えです。そして 辛抱という名の わずかばかりの自己犠牲が 自分も また周囲をも豊かにし それが本当の幸福なのだ ということをこの「花さき山」は私たちに教えていてくれるのです。

出典:「恵日」平成元年7月号


(06)「い の ち」
(滋賀県・多田幸寺住職 中島義観)

 近年 とみに 「こころ」の問題とともに「いのち」に対する関心が深まり これをテーマにした催しが所々で展開されている。さてこの 「いのち」の問題となると 大概難しく考えるが 次のように考えると理解し易い それにはまず 身近かにあるテレビを例に考えてみる。テレビの受信器には多くの装置が仕組まれていて それらが総合的に働き テレビとしての機能を十分に発揮するようにできている。

だが いかに高精能なテレビでも これに無形の電気を流し 無形の電波をキャッチしなければテレビとしての働きはでてこない。それと同様に 人間を始めすべての生物の体には 不思議といわざるを得ない精緻な装置が自然に仕組まれている。肉体は呼吸 飲食等によって生命活動を維持しているように普通思われているが はたしてそれだけであろうか。

 テレビは 人間でいえば呼吸や飲食に当る電流を通せば 働く能力はもつが 送られてくる電波を選んで受信しなければ テレビとしての働きはでてこない。同じように人間は呼吸 飲食その他によって体の能力を保つことはできる。しかし テレビが電波によってテレビの働きをするように 目に見えないが 大きな力がたえず我われの中に働きかけ それによって人間は人間としての機能を発揮することができるのである。その「大いなる力」それを「いのち」というのである。

 仏教では「いのちそのもの」を「仏性」と呼び その働きを「智慧(般若)」という。従って「悟り」というのも 我が中に働く「いのちそのもの」に目覚めることにほかならない。身心の故障を病気といい 機能の衰えを老化といい 機能の停止を死というのであって いのちそのものは不生不滅であり 永遠である。体はいのちの働き場である。だからこれを 自他の不注意や 無自覚によって段損することは この上なき罪過を犯すことになる。

 永遠のいのちに帰依しよう。そこにはじめて安心が生まれる。

出典:「花園」平成2年6月号


(07)「そこを忘れるな」
(滋賀県・多田幸寺住職 中島義観)

 向かい合って坐った爺さんと婆さんのおデコが 突然 ゴツンとぶっつけ合わされた。二人は思わず「痛い!!」と額に手をやった。するとぶっつけた人は「そこじゃ そこじゃそこを忘れるなよ!」といわれた。ぶっつけたその人こそ誰あろう 我が妙心寺開山無相大師である。

 この話は無相大師が 花園法皇の聖旨で悟後の修行の地 美濃の伊深から上洛されるに当たり 別れを惜しみ お導きを願いでた老夫婦に対する無相大師の活説法として有名である。

 これを故山田無文老大師は 「この二人にとって頭を打たれることは全く予期しないことであり そのことについては全く無心でありました。しかも頭を打たれれば 無心のまま直ちに痛いと叫んだのであります。無心にしてしかも自由自在に働く そこに仏性の妙処のあることを自覚せねばならんのであります。[そこを忘れるなよ]とは そのことであったと思います。」と説かれ 深い禅の宗旨を示されている。しかしこれは一般にはちと難解であろうから 角度を変えて考えてみる。

 その後 さきの老夫婦にインタビュウした人があり 先ず爺さんに「あの時ゃ痛かったでしょうネ」「いや 大したこともなかったよ それより婆さんの方が痛かったと思うよ。可愛そうに。」今度は婆さんの方にマイクを向ける「私も爺さんのようにいいたいけど 本当は大変痛うございました。爺さんの石頭には かないません。」とまことに素直である。続いて今の心境を訊ねると 二人は交々語ってくれた。それによると 二人は欲が深く ためる一方で 出すのは舌を出すのもいや。そのためひとさまに随分ご迷惑をかけてきた。しかしあの尊いご説法で目が覚め ひとさまの痛さがよく分るばかりか 同じぶつかっても弱い方がより痛いことも知った。欲の深い者同士がぶつかれば両者が傷つき 弱い者にぶつかれば相手が倒れる。こんな道理も分からせて頂き 気が楽になった。これが二人の述懐であったという。

 ゴツン・痛い・そこじゃそこじゃ そこを忘れるな。この説法を思い返し味わいたい。

出典:「花園」平成2年12月号


(08)「幸福の持ち分」
(宝泰寺住職 藤原東演)

 五月五日は子供の日 端午の節供である。かつて私の寺にも幼稚園があり 大きな鯉のぼりが おすべり台に取りつけられたポールの一番高いところに 元気よく風の中を泳いでいた。そのさわやかな光景がはっきり目に浮かぶ。もうひとつ忘れられないことがある。それは幼い頃 父は怒ると 幼稚園の塀の向う側にある墓地の木に私を縛りつけたことだ。木の高いところに縛りつけられて足をブラブラする様は なにかしら小さな鯉のぼりになった気分 といいたいところだが いくら寺に生まれても 子ども心にもやっぱり墓地は気味が悪かった。それでも五月頃はよかった。一月ともなれば我慢できなかった。

 ともかく怒るとすぐ手が飛ぶ父が ある日を境に全く変わった。小学校六年の頃のことだ。文房具を買うために貰った五十円を落としてしまった。父にお金を再び請求すると ものすごい剣幕で 「何だと 五十円よこせだと そのお金はお前が稼いだものか とっとと探してこい」「誰か拾って ありっこないよ」と言うと 「ぼさぼさしているな」 これ以上逆らうと また木に縛られると思い あわてて飛び出した。

 仕方なく探したけれど見つからず 時間をつぶして暗くなって帰ると、父が玄関で待っていた。そして てっきり木に縛られると思ったら 部屋で正座させられ 意外にも静かな口調で 「今からわしの言うことは お前にはまだわからんだろうが よく聞きなさい。人間には幸福の持ち分がある。小さいときにあまり賛沢をすると その幸福の持ち分が減って 年をとったときに必ず苦労することになる」と話した。

 幸福の持ち分なんてよく分からなかった。しかし頭に 大好きだったカルピスの入ったコップが浮かんだ。さーっと飲めばすぐに無くなってしまう。自分の幸福の持ち分がカルピスみたいにどんどん滅っていったら 大変だと感じ 五十円を落としたことがひどく悪いことをしたように思った。これが 父から人生について教えてもらった最初の言葉であった。

 親は子供の知識指数や知能指数ばかり気にかけている。しかしもうひとつ 大事なことがある。人間の生き方の根本である倫理指数が忘れられているのではないだろうか。子供の日は 子供が健やかに成長することを願って制定されたものだが 当然 心の健やかさも含まれている。

出典:「花園」平成4年5月号


(09)「自ら其意を浄くする」
(静岡県・菜流寺先住職・羽鳥禅舎舎主 梅原諦愚)

 十月に入ると 秋空・夜の月・灯火に親しむ夜長など 心を養う好時節になる。通戒偈に「自浄其意」の戒語がある。噛みしめるほどに 古人が 人をして仏道に入らしめんがために心を砕かれたかが偲ばれる。この教えにまつわる 道林和尚と白楽天の対話の故事がある。白楽天が ざん言によって官職から追放されて 故郷への帰途 道林和尚を尋ねると 和尚は大木の枝の上で坐禅をしていた。
 
「和尚さん、そんなところで危ないですよ」
 「お前さんこそ危ないぞよ……」
 「和尚さん、仏法の教えをお示しください」
 「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教」

 もろもろの悪をなすなかれ・もろもろの善を行い・みずからその心を浄くする・これ諸仏の教えなり)
 「そんなことは三歳の童子でも知っています、もっと高い深い教えを示してください」
 「三歳の童子でも知っているが、八十の老翁も行うことがなかなかできぬのじゃ……」
 この 道林和尚の厳しい自己凝視に平伏した白楽天は この縁で求道者になったという。古来 仏教者の自浄其意の道は厳しい。本性の実現に生きられない身に「罪悪深重」と嘆じたり 「身をも心をも仏の家(いのちの根源)に投げ入れて」と自我の放棄をいっている。

凡夫の我われは 自我の欲心深く 名利をことさらに求め はからいとよりごのみの念々に迷い惑いながら 偽善的な生き方をしている……。「仏教は凡人の行うことのできない理想論だ」という人があるが その我見こそ浄くすることの必要があるのではないか。仏法の道理を学び習うことによって 行うこと難い自分の内容を覚る。そこに 未熟な自心を自覚・内省していくとき 謙虚な人柄になっていくのである。仏道は自己を習うなりで 理を以って"白ら其意を浄くする?道こそ 自らを育成する悦びであり救いなのである。

夜空の清い月と対座し また灯火に親しみ 心を養う日々にしたいものである。

出典:「花園」平成7年10月号


(10)「生き甲斐のある人生」
(福岡県・黄檗宗・通玄寺住職 伊藤文教)

 人生は一毛作から二毛作 三毛作の時代に移りつつあり 人生80年を幸せに生きぬくためには生涯にわたって心身ともに健康で財力や時間にゆとりのある幸福な一生を送りたいと願わない者はいない。励み学ぶ意欲を持ち続けたいものである。

 釈尊は「生るるは難し されど今に生きるは尚難し」と訓されている。三世を輪廻し この幸せな現世に生まれ合わせたことの有難さ 生き甲斐をもって生きることの大切さを教示しているのであろう。自分が独りで現世に生まれ 自分独りの力で今日この幸せな生活をつかみ得たなどと思いあがっては罰が当たる。自分を生み育ててくれた父母の恩 教え導いてくれた師の恩 何かと面倒をみてくれた多くの先輩 同僚や周りの人々 そしてこの立派な国土や自然の恵みのお陰で 今の自分があることを再認識したいものである。自分独りで生きているのではなく多くの方々 森羅万象によって生かされているのであり 生かされている己に感謝し 数えきれない程の多くの恵みに報いることが生き甲斐の基本であろう。

 物が豊かすぎて 心が貧しくなり下った時代といわれて久しい。食べたい 飲みたい 見たい してみたい 聞きたい 着たい 住みたいなど「たい」をつかみどりし得手勝手な欲望をみたすことが 恰も生き甲斐であるかの如き考えは 邪念であり一時的享楽の何者でもない。大切なことは 家庭や社会の中での自分の立場を弁え自分の役割分担を見誤らず己に果せられた事や目標に向って努力していくことに 生き甲斐の眞価を覚えるものである。

 発菩提心涅槃章の一節に 布施や持戒を保ちつつ 認辱精進怠らず 禅定を修し智慧みがき 日々の行いふりかえり 自利利他ともに圓かなる生き甲斐のある一生をおくるぞ人の道とこそ悟るぞ涅槃の訓えなり と説いてある。

 反省の上にたって 生かされている自分にめざめ 報恩と感謝 そして自利利他ともに円かな生活こそ真実の生き甲斐のある人生の第一義であると訓してある。そして 人生は 自分の持てる力を振りしぼり 布施や持戒によって利他を計り 忍辱 精進 禅定 智慧によって自利に努め 自ら切り開いていくものだあり これこそ自力本願 生き甲斐の神髄であると教えている。

 刻苦精励 粉身砕身 苦難を乗り越えて生きていくのが人生である。多忙な毎日に追い廻され 落ち着く暇もない世相である。この 多様化した忙しい社会を全うしていくことは 大へん難しい事かもわからないが 生かされている有難さ 尊さに感謝し 大地にしっかりと足を踏みしめ 栄ある人生を精一ぱい生きぬいていく事こそ 真実の人間としての生き方であり 生き甲斐であろう。

 年を重ね 人生経験を積めば積む程一歩一歩佛に近づき「唯心の浄土己身の弥陀」の境地を得て やがて人生の終着駅に到着した時 実名ともに成仏し 他人から拝まれるに ふさわしい人徳のある人になるべく精進する事が生き甲斐のある人生の要諦である。

出典:「琉璃燈」平成8年12月8日発行


(11)「ある夫婦」
( 東京都・南禅寺派・興慶寺住職 蓮沼 良直)

 私の寺の写経会にある御夫婦がいます。御主人は七十歳位 奥さんは六十代半ばです。毎回遠くから仲良く通って来られますが 御主人は実はアルツハイマー症です。初めはそれと気づきませんでしたが 時が経つにつれてその症状が顕著になってきました。それでも彼女は変ることなく御主人と一緒に参ります。子供も成人して やっと自由になった老後の生活 彼女にとってそれはアルツハイマー症の夫を介護することだったのです。でも 彼女には陰りも苦痛のかけらも見られません。ただ子供をあやすように笑顔で接しているだけです。

 写経といっても 御主人は時間のうちにやっと数文字しか書けません。けれども彼女は無心に筆を運び 願文には必ずたった一つの願い 「夫病気平癒」と記すのです。毎回いつでも願いは同じです。そして終わるとにこやかに挨拶を述べて下山されます。御主人もそういう彼女の姿を見て安心感を抱くのでしょう。本当に穏やかな表情です。

 長年連れ添い 苦労を共にした夫の病を受け容れ 看病が生きがいであるかのような真心が 私の心にも強く響いてきました。ある時彼女から 「主人は私にとって観音さまなんですよ」という言葉を聞いたことがあります。私はその時 彼女こそが観音さまなのだ そして病気はたとえ治らなくても 一心に願いをこめる彼女の心の中では 御主人の病気は最早なくなっているのではないか と思ったのでした。

出典:「法光」平成13年9月号


(12)「現代人の忘れもの」
(北海道・南禅寺派・報国寺住職 後藤祖園)

 現代に生きる私たちは 物質的には大変便利で豊かな生活に恵まれております。家庭では大型テレビに冷蔵庫 エアコンに自家用車など 何一つ不自由ないと思えるほど沢山の物に囲まれております。しかしこのような環境にあって本当に心から満ち足りて幸せを感じておられる方がどれ程おられることでしょうか。 

 目を他に転じますと 政治の相次ぐ腐敗や経済不況 そして家庭崩壊や児童虐待の増加等々を各種報道で拝見しますと将来に対する何とも言えぬ不安や危機感を感じざるを得ません。このように物質的に豊かであっても肝心の「こころ」が忘れられている時代だからこそたった一度の人生 かけがえのない人生をいかに生きるかを今こそしっかりと見極めていく必要があるのではないでしょうか。

 さて法句経というお経に「おのれのこころを師とすべしおのれのこころをさしおき他に師を求めざれ おのれがこころを師となせば まことの知恵の法を得べし」とあります。この「おのれのこころを師とすべし」とは一体どういうことでしょうか。

 最近はパソコンや携帯電話が普及しておりますがお陰様で時間や場所を選ばずお互いにコミニュケーション出来ますので大変便利です。しかしその反面ややもしますと私達は直接人間同士が出会ってこころを向き合わせることを避けてしまいがちです。すべては 機械や電波を介してのおつきあいになってしまい 言葉では表せない顔の表情やしぐさなどが軽視されているのです。 そのような現代に生きる私たちは「本来の自己」と しっかり向き合っていくことが大切と思います。そして「本来の自己」とはなんでしょうか。仏教では 愚かな私を「自我」といいます。そして覚めている私を「自己」といいます。コーサラ国のパヒナディ大王のお后でありますマリカ夫人は 大王にこう言いました。「お釈迦様は【自我を捨てよ】といいますがどう考えても私には自分が一番可愛いとしか思えない」と。大王も「私もそう思う」といって二人は祇園精舎のお釈迦様の処へ質問に行きます。お釈迦様はいいました。「その通りだよ マリカ」「人はどこに赴こうとも自分より愛しいものを見つけることはできない。それが分かったら人を大切にしなければならない」といいました。

 自分が可愛くて 自分に振り回されているときは 「自我」といいますが その自分が見えたら「自己」になります。そして自己の根本とは「やさしさ」です。「真実のやさしさ」は 人の心を和ませます。ところがその想いがうまく相手に伝わらなくてがっかりすることがあります。しかしながらやさしさの根本は己をむなしくすることにあります。自分の利益や見返りを期待しない心持ちが真実のやさしさです。このやさしさを「慈悲心」と申します。

 現代に生きる私たちは物の豊かさとは裏腹に心の豊かさに飢えながらも人間として本当の生き方を模索しているといえるのではないでしょうか。そして真の心の豊かさとは 自分を虚しくして多くの人々に真実のやさしさ・いわゆる慈悲心で奉仕していく生き方ではないかと私は考えます。今一度、豊かな生活の中で私たちは人間として生かされている命の尊さを自覚して参りたいものです。

出典:書き下ろし


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