mid:あらっさん(哀詩)

海岸寺の本堂裏に 庭園があることは 前から知られているところである。平成の本堂大修理に伴って その裏庭の調査が行われ その結果 貴重な名園であることが明らかになった。この庭園は 石組みが豪華で 石の高さの上位五石の平均値は1,47mもあり 山梨では永安寺庭園 向岳寺庭園についで第三位という。右側中央部の石組みの一部と 左側巨石(別名:座禅石)ならびに 池に架かる石橋に荒廃が見られるものの 右手の滝石組みなどには立派な組み方が見られ 上方の築山や 主木の「槐(エンジュ)」もよく生かされており 桃山風建築の優雅な書院と相まって 禅寺らしい風格と特色ある庭園とが一体となった 価値の高い山梨の名園のひとつであるといえる。(画像撮影:2003.08) 


海岸寺の本堂裏庭園の現在の姿

境内口左手の塀と庭園左側部分
手前・心字の池と後方の滝石組み
築山の石組みと主木の槐(エンジュ)
心字の池と右側本堂 正面が書院
巨石(座禅石)手前に転倒している
書院からの躙り口と主木の槐(エンジュ)

この庭園は 一説では 「夢窓国師(夢窓疎石ともいう)」の作といわれているが これは定かではない。海岸寺の歴史は 約千三百年前に(元正天皇の養老元年・西暦717年)行基菩薩が庵をかまえられたのが 海岸寺の始まりといわれているので 夢窓国師作も 時代設定では 十分に考えられるのではないか・・・

夢窓国師(1275・建治1年〜1350・正平6年)は 伊勢(三重県)に生まれた。四歳の時 一家で甲斐に引っ越してきており 九歳で母を亡くし 市川大門町の平塩寺で出家 天台宗を学んだ。その後 京都や鎌倉で遊学し 再び甲斐に戻った。恵林寺(塩山市)の石庭や 京都は苔寺で有名な 西芳寺 嵐山の天竜寺の庭園を作庭したといわれているが これも定かではない。夢窓国師は 書道にも優れた才能を発揮 開山した寺院は美しい庭園が随所に残され 名刹となっている。

甲州には夢窓国師や蘭渓道隆に所縁の寺院が多く 必然的に名園が数多く残されている。恵林寺・東光寺・浄居寺などだが その影響もあり後世に多くの意欲的な庭園が造営された。甲斐はまさに隠れた名園の宝庫でもある。その中にあって 海岸寺の庭園が 夢窓国師の作であったなら その豊かな才能により作られた名園は 訪れる人々の安らぎと戦国ロマンを感ずるものとなろう・・・

海岸寺の庭園を 恐れ多くも夢窓国師にあやかり PC上で 再現してみました。
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2003.09.29(草刈清掃後の画像)
庭園の中央石組みが現れた
滝石組みが良く見える
右側(書院側)から見た中央の石組み
つくばいが素晴らしい
山梨県には 各地に数多くの庭園があります。
海岸寺・庭園の復活を目指す 参考資料として
どうぞ クリックして ご覧下さい。
この2枚の画像は ほあぐらさんからお譲りいただきました。
約20年前に写された 当・海岸寺庭園の画像です。
石組みの姿や 築山の植裁も 確認出来る 貴重な画像です。
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