聖母マリアさま

神 の み 母 よ

神のみ母よ わたしたちはご保護を仰ぎます いつどこでもわたしたちの 祈りを聞き入れ
お助けをもって すべての危機からお守りください

み母よ 私に幼子の心を 神のみ母 聖母マリア 泉のように清らかで
澄みきった幼子の心を 私に保たせてください

悲哀に閉ざされてしまうことのない単純素朴な心 寛大にみずからを与え 優しく 思いやりに富み
どんな善も見逃さず どんな悪にもこだわらない 幼子の心をお与えください

何も求めずひたすら愛し 神である御子の前で 他者の気持ちに快く溶け込んでいける
優しく謙虚な心を 私のなかに作り上げてください

忘恩に対して閉ざされることなく 無関心に対して嫌気を起こさない開かれた 不屈の心をお与えください

イエズス・キリストの栄光のために 苦しみ甘んじ受ける心を み母よ 私にお与えください

(レオン・ド・グランメゾン神父のお言葉より)

福音書の中の聖母マリアさま

イエズスの母 聖ヨセフの妻 聖母マリアさま

天使ガブリエルがナザレの町のマリアに現われ メシアの母になるであろうと告げる。「どうしてそんなことがあり得ましょうか」と当惑したマリアは尋ねる 「私は男を知りませんのに」と。いと高き御者があなたを被うのです とガブリエルに保証されて マリアは謙虚に同意します。

マリアは天使から 親類のエリザベツが年をとっているにもかかわらず ヨハネと名付けなければならない子をみごもっていると知らされて エリサペツを訪間します。マリアが賛歌「マニフィカト」を歌ったのはこのときでした。マリアがみごもっていると気づいたとき ヨセフは衝撃を受けました。表沙汰にしてマリアを恥ずかしめようにするため ヨセフはマリアとひそかに離別しょうと考えました。しかし 天使がマリアヘの神の計画を説明してヨセフを慰めたのです。このような困難なときに ローマ皇帝の命によって行われる人口調査のために、ヨセフは妻マリアをベツレヘムヘ連れて行かなければならたかった。

イエズスはこのときに生まれ キリスト誕生物語でなじみ深い出来事が記述されている訳です。宿屋 馬小屋 まぐさおけ 星 東方の三賢者(博士)と羊飼いたちの出会です。出生後8日目に幼子は割礼を受け 天使ガブリエルの指示どおりイエズスと名づけられました。さらに40日後に マリアとヨセフは清めの式のために神殿に現われます。ヘロデスがイエズスを殺そうとしていることを天使から知らされたヨセフは マリアとイエズスを連れてエジプトに逃げ ヘロデス死亡の知らせをうけるまでエジプトに留りました。そしてエジプトから故郷の町ナザレに帰ります。

その後の30年聞に わずか1回だけ聖家族について書かれています。イエズスが12歳のとき 両親は過越祭のためにエルサレムに上りました。途中でイエズスを3日間見失ったが とうとう神殿で司祭たちといっしょにいるイエズスを発見します。イエズスの公生活は30歳のときに始まります。カナでの婚宴のとき 新郎新婦を助けるため マリアの要請にこたえてイエズスは水をぶどう酒に変えるという最初の奇跡を行ないました。

イエズスの宣教活動期間にマリアは数回現われますが いつも背後にいます。イエズスが十字架につけられたときにそばにいたマリアは 自分の子からヨハネに面倒をみてもらうようにと託されました。マリアは使徒たちとともに五旬節の日の聖霊降臨を待ちます。聖書はマリアのその後について何も記述しておりません。

明らかにマリアはその後しばらくエルサレムで生活したようです。しかし イエズスの昇天後数年経てエフェソで死亡したという伝承も残っています。マリアについての二つの基本的信仰は マリアが神の母であったこと イエズスの処女懐胎の二つは 福音書の中に疑義をはさむ余地のないほど明らかに記述されています。これ以外のマリア論の諸点も重要です。それらの点は聖書に基づいてはいるのですが 福音書の中に念入りに記録されてはおりません。 

聖母マリアの名画
聖母マリアの名画は世界中に数々ありますが その中でもとっておきのマリアと母子像の名画を展示しています。
この名画の数々が どこにあるのかは ご自身でお調べください(笑)